Act.39 パンドラの箱




最後に残ったモノは…。

いや、もう考えるのはよそう。

僕はもう何も考えたく無い。

僕はこのまま永遠に眠りたいんだ…。


坂下君が意識を失ってあれから3ヶ月が経過した。

毎日、反応する事無い坂下君を見つめながら、意識が戻る事を祈り彼に触れる。
握る指先に彼の体温が伝わる。

生きている…。

実感する「生」を身体に感じながら私は、涙を零す。

身体は生きている。

だけど、心は?

心は本当に生きているの?

ううん、「彼」はまだ生きているわ。

今も「彼」の中で息づいている…。



耳元に近づき私は彼に囁く。

「ねえ、坂下君。

貴方にとって、本当にこの世界は目覚めたくない現実なの?

違う。

貴方はこの世界が誰よりも大切だと解っている。

貴方を心から思う人々がいるこの世界を誰よりも愛している事を、貴方は知っている。


ねえ、坂下君。

もう、自分を苦しめないで。

自分を許してあげて。

貴方は最初から許されるべき存在なのよ、坂下君、ううん、しーちゃん。


だからもう一度、私達の元に戻って!」


音の無い世界に何かが伝わってくる。

何だろう、と耳を澄ませばそれは夏流の声だった…。

何かを「僕」に伝えようとしている?

何故、この世界に夏流の声が伝わる?


いや、もうそれも関係ない…。

何が聴こえようが「僕」はもうこの世界から出る事はない。


本当にそれでいいのか…?

お前は本当にこの世界に永遠にいる事を心から望んでいるのか…?

違うだろう?

本当はお前はあの世界に戻りたいんだ。

だから「俺」と言う存在を作った。

最初から願っていい事ではなかったのか?

もう自分を解放してやれよ。

お前は最初から許される存在だった。

だから…。

何を言う!

「僕」は「僕」のこの願いの所為で、大切な人を裏切ろうとした。

僕の両親の死を認めようとした。

彼らを死に導いた彼らを許そうとした。

それを許せと言うべきなのか?


だったら何故「俺」と言う存在を作った…?

目覚める事をどうして許した…?

本当は、解っているのだろう?

自分の答えを。

逃げるのはもうやめろ!

いい加減に「現実」を受け止めろよ!

それにお前は目覚めないといけない。

お前は夏流にもう一度、向き合い、彼女を解放しないといけない。

自分の暴走で夏流をどれだけ傷つけたか解っているだろう?

お前がこの世界に留まる事は夏流を永遠に苦しめる事になる。

それはお前が心から望む願いか…?


愛しているんだろう、夏流を。

「俺」と同じくお前も心から想っているんだろう?

それにお前は「俺」と同じく坂下家の人々を愛している。

もう彼らはお前の「家族」だ。

お前が心から否定しても彼らはお前にとって既に「家族」なんだ。

彼らも待っている。

「俺」も…。

お前が幸せになる姿を見たい。

解放されるお前の姿を心から望んでいる。


俺と一緒にこの世界を出よう。

俺がお前を守るから。

俺がお前の側にいるから…。


黒い闇が一瞬に温かい光に満たされる。

音を立て崩壊が始まる世界の中で夏流の声が響いた。

その声に「僕」は涙を流した…。


ああ、君は「僕」を望んでくれていたんだね。

僕は許されるべき存在だと思っていいんだよね…?

夏流。


僕は君に伝えないといけない。

世界が完全に崩壊する中で「僕」の意識は遠のいていった。


その時、「僕」の中に「僕」が重なり、僕は本当の意味で「僕」になった…。


流した涙が坂下君の頬を翳め、彼の瞼がぴくり、と動いた。

瞳が大きく見開く。

唇が震えて声を出す事が出来ない。

そんな私に彼は目覚め、こう言った。


「ただいま、夏流…」



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