Act.37 夢の住人 その7




「貴方、何様のつもりで人をじろじろ見ているの?

私、貴方に値踏みされる筋は無いんだけど。」

強烈な言葉だった。

一瞬、自分が何を言われたのか考える事が出来なかった…。


初めて夏流に白樺学園で出会った時、彼女の印象は俺の中で異質だった。

そう、自分の回りにいる女達と何もかもが違っていた。

まず自分に媚を売らない、興味を持たれない、存在すら意識してもらえない。
「坂下忍」と言う存在が彼女の中に全然無い事に、自分の中で苛立があったのも事実だった。

何故、彼女にそんなにも自分の存在を誇示したいんだろうか?と何度も自分の中で自問した。

彼女を無意識に探す自分に気付いた時、俺は己の行動を何度も笑った。

そして日に日に彼女の存在が俺の中で膨れ上がっていた。

感情の抑えが限界だと感じた俺は、遂に夏流に告白した。

そう、自ら初めて交際を申し込んだ。

夏流が欲しかった…。

心の中で彼女に自分を意識して欲しい、異性として自分を求めて欲しいと何度も願う自分がいた。

交際を一方的にスタートさせたあの日、偶然俺は夏流があの時の少女だと言う事に気付いた。

その気付きが、目覚めるが為に封印した過去を呼び起こすとは…。


7年前、俺は夏流と救急で出会った。

義姉の朱美を介して。

夏流が初めて俺に微笑んで挨拶した時、自分の視界が光で満たされた事に驚いた。

意識がその光に呼び寄せられ俺は、心を閉ざしながらも今迄聴こえなかった音が、少しずつ自分の意識の中に流れ込んでいた。

それも夏流の声だけが。

何故、彼女の声だけが俺の心に響くのか、俺はいつも夏流との逢瀬の中で考えていた。

楽しい話、夏流の日常に起こる学校での悲しい出来事、そして母への思い…。

夏流は俺に何時も自分の心情を包み隠さず語っていた。

多分俺に対して、一番自分に近い存在だというのが彼女の中にあったのだろう。
そして母親と同じ境遇の俺に同情もあったのも感じた。

だけど一番強く感じたのは…、彼女の孤独だった。

誰にも拭えない哀しみと孤独。

会う度に俺の心に伝わる彼女の孤独が俺の心を強く揺さぶった。

そしてそれは俺の中に「ある感情」を芽生えさせていた。

そう、僕が君の側にいるよ。

君の哀しみは僕が受け止めるよ。

君の孤独は僕が癒すよ。

だから、君の心からの笑顔を僕に向けて…。

僕の側で幸せだと言う君を感じさせて。

僕は絶対に君を裏切らないから。

君も僕を心から求めて欲しい。

目覚めた僕を誰よりも必要だと言って欲しい。

僕のこの心の傷を君に知って欲しい。

そして僕の存在が許されるモノだと言う事を君に証明して欲しい。

僕は、僕は…。

君が誰よりも欲しい…!

膨大な光が僕の意識を飲み込んで再生を始める。

「僕」と言う意識が、新たな「僕」によって守られて、人格が作られていった…。


そう、夏流を強く求めるこの感情が、「坂下忍」としての俺を目覚めさせていた。




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