Act.34  夢の住人 その4




雨の音が聴こえる…。


全ての音が閉ざされたこの世界に、雨の音だけが残酷に響いていた…。


目覚めた時俺の視界を奪ったのは、人工的な光の輝きと何処迄も白い壁だった。

ぼんやりしていた意識が、だんだんとはっかりしたモノへと変貌し、俺をこの世界へと導く。
覚醒した俺の目に今迄映されていた病室は一気に暗い闇へと変化した。

目に映るのは転落事故によって無惨な最後を遂げた両親の姿であった。

あの時の血の匂いが今でも俺の嗅覚を刺激する。
意識がなくなる寸前迄、母親の身体が冷たくなる感覚を直に味わった感触が自分の五感を刺激する…。

そして自身から流れる血が止まる事無く流れる感触が、自分の精神を圧迫する…。

「いやだ、死にたく無い!

僕は、僕は生きたいんだ…!」

目の前に迫る恐怖が僕の神経を歪ませる…。

だんだんと迫る目の前の恐怖が僕を混乱へと導いた。

そんな僕を見つめる坂下家の家族は、深い哀しみと憐憫を僕に向ける。

その目を見つめた途端、恐怖に捕われた精神が一気に憎しみへと変化した。

その目が僕にとって更なる混乱に導いているのが解っていないのか…?

お前達が僕を望まなければ、僕は両親を失う事も無く事故に巻き込まれる事は無かった…。

僕の両親を返せ!

僕の幸せだった世界を返せ…!

憎い…!

憎い、だけど…。

いくら憎んでも、起きてしまった事はもう戻らない…。

僕の両親も戻る事も無い。

それにあれは自然が起こした災害だ、彼らが起こした事柄でもない。

そして僕が受けたこの傷も、彼らを憎んでも、決して消え去る事は無い…。

どうして、あの時、僕は生きたいと思った…?

両親が亡くなる様を見つめながら、どうして僕一人でも生きたいと願った?

僕はただ一人、生き延びたので良かったのか?

両親が亡くなったのに…。

どうして生に対する執着が起きた?

生きたいと願った?

僕は…。

僕は…!

最後に心を奪ったこの「生」は両親を差し置いて迄願うべき事柄だったのか…?

僕は僕のエゴに捕われて両親を最後迄助ける事が出来ず、一人助かる事を願った。

なんて自分勝手で残酷な人間なんだ…?

僕は生きる事を本当に許される人間なのか?

解らない。

僕は何故、今、生きている?

どうして生き延びた?

誰か、僕に答えを与えてくれ。

僕は本当に生きていて良かったのか?

両親を死に追いやった人物を許す事が出来ないのに、なのに憎む事が出来ない。

僕の中の人としての「常識」が僕のその考えにブレーキをかける。

悲しい思いを受けたのはお前だけではない。

僕と同じく皆、悲しい思いに捕われている。

理屈では解っている。

だけど、感情は、僕の中にある感情はそれを受け入れる事が出来ない。

苦しい…。

答えの出ないこの思いをずっと僕は抱えないといけないのか…?

相容れる事が出来ない感情を持って自分を自制させないといけないんて…。

こんな思いを持って僕は本当に生きていないといけないのか…?

精神が混乱し、見るもの全てが歪んだモノへ変化する。

治療によって事故で受けた傷が治っていく…。

どうして身体の再生を僕は黙ったままさせている?

違うだろう?

僕はまだ再生すべきではない。

だから元の姿に戻ろう。

そうすると僕はまた、元の位置に戻る事が出来る。


意識の混乱はいつの間にか、俺に新たな傷を与えていた。


何度も何度も、叩き落としたコップの破片で身体を切り刻む。

そう、僕は戻らないといけない。

違う、本当は僕は死なないといけないのに、なのに何故、直接的なモノを与える事が出来ない…?

ねえ、どうして…?

ああ、そうか。

僕は本当は生きたいんだ。

両親の死を差し置いてでも僕は生きたいんだ…。

両親を死に追いやった彼奴らを許してやる程、僕は生きたいんだ…。

ああ、なんて最低な「僕」なんだ。

「僕」は生きる資格は無いよ。

ねえ、「僕」。

君は本当は許されるべき人物ではないんだよ…。


答えが目の前に示された途端、僕の視界は深い闇に閉ざされた…。



全ての音が遮断され、意識は深い眠りにつき、俺はその時から生きる事を放棄した…。




web拍手 by FC2







inserted by FC2 system