Act.33 夢の住人 その3




ここから出ると、お前はどうなるのか、解っているのか…?



目覚める前、「僕」の中の「僕」がそう囁いた。

だから「僕」は「僕」に、こう言った。

僕は目覚めたら、今迄の「僕」ではない「僕」として生きるよ。

だから、「僕」は「僕」でありながら、「僕」では無い。

大切なモノはここに置いて行く。

だから、行くよ。

僕はもう一度、あの子に会いたいから…。



あの事故から目覚めた俺は、事故での記憶を一切無くしていた。

いや、正確には転落事故で受けた心の傷と言うべきであろう。

医師の診断では、事故でのショックが引き金となり記憶の一部が欠落したと言う。

それを聞いた坂下家の家族は、俺に事故での記憶が戻らない様、細心の注意を払った。

そう…。

最初、事故で目覚めたとき、俺は死の恐怖と自責の念に駆られ半狂乱になり、何度も自殺を繰り広げていた。

両親が目の前でだんだんと冷たくなり死んで行く様を見つめながら、俺も事故で受けた傷によって多量の血が流れ、意識を手放していた。

出血による痙攣と身体の熱が奪われていく中で思った事が、どんな事をしても生き延びたいと言う、生への執着だった。

矛盾しているモノだ、とつくづく思った。

目覚めた後、あれほど生きたいと言う執着は、事故で受けた恐怖と言う名の元に、いとも簡単に敗れ去ってしまった…。


あの日。

電話にて母の兄である坂下浩貴が、中学から俺を坂下家で預かりたいと申し出た。

俺が住んでいる島では充分な教育を施す事が出来ないと判断しての申し出であった。

瀬戸内海にある、小さな島。

人口1000人も満たないこの場所で俺は生まれ育った。

自然に満ちあふれ、人々も穏やかで優しいこの島が、俺はとても好きだった。

だから最初、伯父の申し出にかなり反発した。

俺は本州まで船で渡って中学を通う事をずっと考えていた。

いや、俺にはその考えしか頭になかった。

俺は、この場所が、両親がとても好きだったから…。

だからこの島から、両親から離れて暮らす事自体、俺にとって存在すべき事柄ではなかった。

だが、俺の両親は俺の将来を案じ、散々悩んだ末に伯父の申し出を受け入れた。

両親に何度も説得され、俺は渋々、坂下家にいく事を受け入れた。


そして運命の日がやってきた。

俺を坂下家に送る途中、急な天候の変化により土砂崩れが起き、山沿いを走っていた俺たちの車はその災害に巻き込まれ転落事故を起こした。

運転していた父親は頭部を強打し、亡くなった。

母は後部座席に俺と一緒に乗っていたが、事故の衝撃から俺を全身で抱きしめ守りながら息を引き取った。
全身打撲による内部骨折を起こし、出血多量にて亡くなった。

俺は母親の体温が冷たくなる感触を、直に受けていた。

身体に伝わる母親と自分から流れる血の温かさ…。

目の前で愛する者が亡くなっていく様を俺は見つめながら、何も出来ない自分を呪った。

ここから俺たちを救ってくれと、何度も何度も、叫び助けを呼んだ。

死にたく無い…

嫌だ、俺は死にたく無い…!

誰か!


だが俺の叫びは最後迄届かず、声は枯れ、力を使い果たし、何時しか俺は意識を手放していた。



降り注ぐ雨が俺の全てを奪い去った…。





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