Act.24 再会


柔らかい感触が自分の体に伝わって来る。

真夜中、薄暗い寝室の中で忍は目覚めた。

隣にいる温かい存在に忍は淡く微笑んでいた。

さらりと長い髪に覆われた夏流の額を梳き、口づけを落とす。
頬には涙の跡がくっきりと残っている。

散々、啼かせ、自分の全てを注ぎ込んで受け止めさせて、最後には意識を手放せ…。
夏流を追いつめて、強引に奪った自分の感情を忍は嗤った。


もっと追いつめたら、夏流は自分から逃れようとする感情を持たなくなるだろうか?

自分だけを見つめ、体だけではなく心も自分を求める様になるだろうか?
何処迄も暗い感情が忍の心に押し寄せて来る。

そしてそんな自分の感情を忍は心の底から楽しんでいた。


いつから俺はこんなにも夏流に捕われる様になった?

自問する中で答えは意外にすんなりと忍の心に過った。

ああ、心が再生を始めだしたあの時からか。

夏流と言う存在を核にして、自分の心を形成して、感情に肉付けして「坂下忍」と言う自分を確立させたあの7年前か。


夏流の体を引き寄せ、忍は心の中で何度も反芻した。


忍と結ばれた日から夏流は、毎週金曜日の夜は忍のマンションで過ごす様になった…。
母親が入院する病院に通うのなら、このマンションから通う方が時間も短縮出来るだろうと言う提案と言う名の束縛に、夏流は悩まされていた。
最初、申し出をきっぱりと断ったが、既に自分たちの関係がどういう事か解るだろう?と言う忍の言葉に、夏流は有無を言う事が出来ず忍の提案に同意した。

逆らった所で忍の束縛が更に酷くなる事を、夏流は忍との交際で身に染みる程、思い知らされていた。

忍から告白されて約2ヶ月、夏流の精神は既に限界に達していた。

週末の病院通い、特待生として成績を保たないといけないプレッシャー、そして忍との関係に、夏流は逃れない自分の境遇に押しつぶされそうになっていた。

心の中で無意識に泣き叫ぶ。

「誰か、助けて」と…。

そんな心の叫びに気付いた夏流は自虐的に笑った。
助けを求めたって誰も助けてはくれないし、どうにもならない事だと今迄の経験の中で嫌という程味わったはずだ。
それに目を背けても、既に起こっている現実。

逃れられないのなら受け入れるしかない、と悲鳴を上げる心の中で叱咤した。

(絶対に解決策はあるはず。

こんな一方的な関係がいつまでも続く訳が無い。

過去に彼と何があったかはもうどうでもいい…。

絡み付く感情から私は絶対に打ち勝ってみせる!

私の未来は私だけのモノであって、彼が決める事では無いわ。

閉ざされた未来?

冗談ではないわ!

このまま、泣き寝入りだなんていいの?

違うでしょう、夏流。

今迄だって辛い現実も自分がしっかり受け止めて、自ら決めて進んできたはず。

だから…!)

柔らかい風が自分の頬をくすぐった。
不意に笑みが零れた。

(そうだ。

こんな風にいつも自分に向き合っていった。

だから一つ一つクリア出来たんだ…。)

「さて、洗濯物を取り込んで、お昼にしよう。」

休日、日が陰りだした病院で、洗濯物を取り込みに屋上に上がっていた夏流は少し元気を取り戻して籠に取り込みにかかった。

籠の中に取り込んだタオルが、風に攫われ何枚か散らばった。

「もう、今日は本当に風が強いんだから。」

くすりと笑いながら集めにかかる。

最後の一枚を拾おうとして回りを見ると近辺にある気配がない。

きょろきょろと回りを見渡す。

背後から一瞬、人が来る気配を感じた夏流は後ろを振り返った。

「これを探していたのでは?」と言う声に夏流はお礼を言おうと相手の顔を見た瞬間、夏流は声を失った。


それは心の中でずっと忘れ得なかった人。

6年の歳月を経てもなお、心の奥底で燻っている…。

震える声で夏流は呟いた。

「透流くん…」






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