Act.23 深淵(R15) 意識を失う迄何度も求められた。 初めての行為に甘い感傷等存在しなかった。 ただ、彼の劣情を注がれただけの何も伴わない行為。 流す涙は悲しみか、それとも熱に浮かされたモノなのか、既に判断すら出来なかった。 目を瞑り、ひたすら行為が終わる事だけを望んだ。 最後の熱が自分の中を満たした時、夏流は既に意識を手放していた。 窓からまばゆい光が差し込み。 柔らかいシーツから仄かに薫るシトラス系の薫りが鼻孔をくすぐる。 (あれ、この薫りは坂下君の?) 朦朧とした意識の中でぼうと考えながら回りを見渡すと、視野に入るのは自室ではない家具類。 覚醒し、起き上がろうと体を動かした途端、体に鈍い痛みが走り、ベットから起き上がる事が出来なかった。 そして一糸も纏わず眠っていた事に羞恥が走り、夏流は表情を強張らせた…。 現実が一気に襲った。 まざまざと目に浮かぶ忍との行為に、夏流は顔を歪め、強くシーツを握りしめる。 瞼に涙が滲み、ぽたぽたとシーツに落ちてシミを作る。 (結局、私は坂下君から逃れられなかった…。 泣き叫んで抵抗して拒んでも、私は最後の最後で坂下君を受け入れた。 こんな風になる事を望んでいた訳ではないのに。 どうして私にここまで関わるの? 最初告白された時、こんな事になるとは思わなかった。 私も今迄付き合った女性達と同じ道を辿ると信じて疑っていなかった。 だからしつこく付きまとわれても、厭きる迄我慢したら平穏な日常が戻って来ると心の隅で思っていた。 なのに…。) シーツを握る指の力が更に強まる。 かぶりを振り、嗚咽を漏らす。 (本当に好きな人と結ばれたかった。 こんな強引な関係で、自分の心を無視して奪われるなんて。 バカだ、私。 心の中に踏み込ませたから、坂下君に対しての考えに疑問を持ったから。 彼の事を好きになりかけたから…。) 涙を拭い、気持ちを奮い立たせようとした夏流の耳に、ドアノブの回す音が聴こえた。 がちゃりと部屋のドアが開き、白いシャツとジーンズに身を包んだ忍が入ってきた。 ほんのりと髪の毛から水分が滴り落ちている。 忍に対しての怒りが沸き上がり、罵声を浴びせようにも、恐怖の方が勝って夏流は思わず顔を背けた。 脳裏に昨日の行為が鮮明に過った。 また、抱かれるかもしれない…。 自分の意思に関係なく、忍に翻弄されるのが怖かった。 痛みが走る体に、また征服の跡が刻まれるのが堪らなかった。 忍が近づいてきた途端、夏流はシーツを体に巻き付けベットの端へと後ずさった。 相変わらず忍の瞳には、何の感情も映されない。 恐怖に気持ちが包まれパニックに陥った夏流は、詰め寄って来る忍に泣き叫んだ。 「こ、こないで! これ以上、近づかないで。 嫌、怖い。 だ、誰か助けて!」 興奮し、表情を歪ませ泣き続ける夏流の腕を掴み、忍は胸に強く抱きしめた。 体の自由を奪われた夏流は、忍から逃れようと必死になり暴れだす始末。 力の限り抵抗し忍の腕を払おうとしても、忍の抱きしめる力は緩まず、夏流は思いっきり背中を叩き逃れようと試みた。 痛みを感じたのか、ふと、忍の腕の力が緩んだ。 逃れる事が出来ると安堵したのもつかの間、忍の唇が夏流の耳朶に軽く触れた。 そして夏流の体の曲線を、手のひらがカタチを確かめる様にゆっくりと触れていく。 体が粟立ち、叩く力が緩んだ夏流は忍のシャツを強く掴み、キッと睨みつけ忍に訴えた。 「もう、やめて坂下君! 私は貴方の所有物ではないわ。 勝手に私に触れないで! 貴方なんて、大嫌い。 一生、貴方なんか許さないんだから!」 夏流の訴えを無視し、深い瞳を揺らしながら忍は夏流の唇に触れた。 そして目を細めて、含む様に笑いながら夏流の耳元に囁いた。 「バカだな、夏流は。 もう遅いんだよ、そんな事を言っても。 夏流は俺から離れられない、永遠に。」 「坂下君…」 狂気に歪められた視線が夏流の瞳を射抜いた。 魅入られる様に忍の瞳に捕われた夏流は、一瞬我を失い感情を彷徨わせていた。 意識の全てが忍の瞳に集中する。 そう、この瞳だ…。 暗い陰りを含んだ黒い感情。 いつも私に絡み付き離そうとしない…、深い深い想い。 (坂下君のこの暗い感情が、私の心を捉え離さない…。) 忍に意識を奪われた夏流は、更なる言葉で自分の未来が閉ざされた事を知った。 「夏流を抱いた時、俺は避妊してないから。」 さも楽しそうに囁く忍の言葉に、夏流は思わず耳を疑った。 「嘘でしょう?」と何度も忍の瞳を窺ったが、それが事実と知った途端、夏流はかぶりを振り力なく叫んだ。 枯れる事なく流れる涙が頬を伝わり、忍のシャツを濡らしていく。 くすりと笑い、夏流を抱きしめる腕に改めて力を強めていた。 愛おしそうに髪の毛を指に絡め、手のひらで髪を梳くい項に唇を落とす。 自分を求める腕の中で、夏流は深い深淵に捕われ意識を手放した… |