Act.17 坂下家の人々 その2 「来月、忍の誕生日だな…。」 ぼそりと呟く豪の言葉に、坂下家の魔女達はすかさず反応した。 穏やかな昼下がりの午後、応接間には珍しく坂下家の面々が揃っていた。 忍を除いた、と言うべきであろう。 そう、家族の前で交際宣言をした忍の休日は、夏流とのデートが全てとなった。 深い悲しみが3人の魔女達の心に突き刺さるが、だが、来月の誕生日でポイントを上げるとまた違った局面が見れるかも、と、 気持ちを奮い立たせる魔女達。 忍の誕生日には我こそが忍を喜ばすであろうと論議を交わしている。 そんな彼女達を豪が憐憫の眼差しで見つめているとは、一体誰が思うであろう? (いい加減、諦めると言う言葉を学んだ方がいいと思うがねえ。 忍が彼女にぞっこんだと言うのを知らないから、まあ、ああいう事に及ぶんだろうが。 しかし、端から見ると滑稽にしか見えないなあ。) 深いため息が、豪の口元から零れる。 そんな豪の様子をかいま見て、シニカルに微笑む浩貴。 浩貴の冷笑に気付いた豪は、ひそひそと浩貴に話しかけに行った。 「父さんは何処迄、忍の事を気付いていますか?」 豪の問いに、くつくつと笑う浩貴。 「お前は馬鹿か。 何故、私にそんな問いを言う?」 浩貴の言葉に冷や汗を流し、言葉を無くす豪。 何とか言葉を紡いだが、謝罪の言葉しか発する事が出来ない。 「…申し訳ございません」 「ふん。 忍が夏流と言う少女に好意を持っていた事くらい、7年前から気付いている。」 浩貴の意外な言葉に驚く豪。 そんな豪の様子をあざ笑いながら浩貴は、淡々と言葉を続けた。 「私が忍について全てを知っているからこそ、忍の望みを叶えてやれる事が出来る。 忍はずっと望んでいた。 夏流と言う少女に再び出会う事を。」 浩貴の言葉に豪は、ある種の衝撃を受けた。 だが、しかし、まさかそういう事迄は?と疑問符が浮かんだが、そんな豪の態度を見て浩貴は、冷たく言い放った。 「お前は何処迄、愚鈍なんだ? 今の言葉で察しろ。 私が全てをお膳立てしないと、忍は夏流と言う少女ともう一度、出会う事は無かった。」 「…」 「私はこの7年間、藤枝夏流の動向をずっと監視していた。 そして、忍の怪我が完治したのを見計らって、白樺学園に進学するを勧めた。 あそこの理事は以前から懇意があったし、それに夏流と言う少女が進学する事を事前に解っていたからな。 尤も、それも全て私の差し金とは誰も気付く事も無かろうが…。 いや、案外、忍は気付いているかもしれん。 忍は涼司の息子だからねえ。」 うっとりと悦に入って微笑む浩貴を見て、豪は背筋が寒くなった。 まだ、祖母達は可愛いものだ。 目に見える行動を起こしているから。 だが、ここにいる怪物は既に自分の許容範囲を超えている…。 愛情と言う言葉では済まされない。 「忍に愛情を与えるという事は、ここ迄の事をしてからモノを言えとあのバカ達にも言いたいが、 それを言う事すらアホらしい。 あの恥さらしは、いい加減見ていて目に余る。 だが、忍が何も言わないから、私は敢えてあの者達には言わん。 お前も忍の事を本心から可愛いと思うのなら、今の忍の望みを叶えてやれ。」 「しかし、それは!」 「何度も言わすな、豪。」 「畏まりました…」 「ああ、そろそろ、忍が帰宅する時間だな。 今日は私と夕食を共にする事を言っている。 多分、忍は私に微笑みかけるであろう。 涼司と同じ、あの美しい笑みを。」 何処迄も優しい声音に、豪は更に背筋がぞっとした。 そう、親父は誰よりも忍の事を盲愛している。 忍の望みを知り、それを叶える事くらいこの男にとって容易い事だ。 財界の怪物と評されてる坂下浩貴にとっては…。 豪はふと、まだ見ぬ夏流のに同情の念を抱いた。 忍に出会った事が彼女にとって、多分、幸せとは言いがたいであろう。 だが忍の義兄として、7年前、彼女との出会いが忍に生への執着を与えたに関しては、心から感謝せねばならない。 今、忍が自分たちの元にいるのも、夏流と言う少女の存在があっての事だ。 豪は願った。 夏流と言う少女が、忍と同じく心から忍の事を愛して欲しいと言う事を。 そして忍を心の闇から救い、心からの笑顔を取り戻して欲しいと…。 |