Act.15 アンバランス




「初恋…?」

忍の予想外の告白に夏流は言葉をなくした。

そんな夏流を見つめ苦笑する忍。

「うそ…。

だって、私、貴方と病院であった事なんて…?」

「思いださない?」

忍の問いに少しの間考え、そしてかぶりを振った。

「ご免なさい。

やっぱり解らない。」

夏流の言葉に寂しく微笑む忍の姿を見て、ずきりと痛みが走った。

もどかしい様な悲しい、何とも言えない感情。
忍に出会って色々な思いに気持ちが巡らされる。

多分、これが…。

今迄、避けてきた感情と言うべきものなんだなと、夏流は心の中で納得した。

「別に解っていた事だから、気にしなくていい。

あの時の夏流は、日々の出来事でめいいっぱいだったと思うから。

それに。

以前にも言ったが、これから俺の事を解ればいい。

いや。

俺を受け入れてくれ。」

「坂下君」

「夏流。

来月、誕生日を迎える。

その時、俺は夏流の全てを貰うよ。」

「坂下君!」

「拒否権は無いから。」

「…待って、私は!」

忍の言葉を濁す夏流に、忍の瞳が揺らいだ。

「坂下君。

正直に言うわ。

私はまだ貴方に対して、貴方と同等の想いを持つ事が出来てないわ。

全てが急過ぎて、気持ちがついていけてないの。」

甘い想いが、確かに心の中に少しずつ存在している。

だけど、まだ自分の中ではっきりと主張している訳ではない。

自覚し始まったばかりだ。

なのに忍は、そんな淡い気持ちすらも飲み込もうとしている。


そんな夏流の言葉に、くっと笑う忍。
夏流にゆっくりと近づき、そして耳元に囁きかける。

「そんな事、初めから知っている。」

忍の、少し低音な声が夏流の全身を包み込む。
だんだん深みを増す声音に震えが走る。

「だったら」

声がただただ、裏返るばかりだ。

「だったら、何?

俺は何度も言ってるけど。

夏流は自分の気持ちに素直にならないし、それに、自覚したらもっと俺から逃げる。
逃げない様にするには、どうしたらいいか、解るだろう?」

耳元に軽く触れ、艶やかな声が翳める。

甘やかに言葉を囁かれてるのに、なのにどうしてこうも怖いんだろう?

想われてるのに。

強く、強く。

なのにどうしようもなく、心に暗い雫が落ちてゆく。

止めども無く落ちてゆく雫はやがて波紋となり、全てに広がり。

出口の無い闇に私を包み込もうとする…。



初めて出会った時、彼はこんな人だったんだろうか?

今迄言葉を交わした彼は、何処迄が「坂下忍」だったのだろう。


人の言葉が何処迄が正しいのか、正直、私には解らない。


今迄自分が感じた、彼への思いも確かに彼の一部分であって、それが全てではない。

そして、今彼に感じるこの思いもまた。

彼の一部分に過ぎない。

どれだけの感情が、「坂下忍」を形成してるのだろう?


「夏流。

愛してる。」


深い感情を宿す瞳に見つめられて、私はゆっくりと目を閉じた。

唇に熱い感触が宿る。

直視する事の出来ない彼の瞳から逃れる様に、私はただただこの熱の熱さに身を任せた。



私の心に踏み込み、震えさせた彼の瞳に宿る感情は。


私に対しての強い想いと言う言葉にすり替えられた「狂気」でしかなかった…。





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