Act.14 初恋 初恋は実らず、とは、よく言われる言葉だ。 確かに初めての恋が実り、結婚に至る話は余りよく聞かない。 殆どが何度目かの恋愛を経て、ゴールインしたと聞くが。 その喩えに乗っ取ると、私の初恋は実る前に、実に早々と無惨に散ってしまった。 出会わなければ、お互いが不幸になる事もなかったと今でも思う。 私達が出会った事で有意義なものが果たして存在したのであろうか? 彼にとっては特に。 そんな言葉がいつも頭の中に過った。 彼は私に出会わなかったら、大切な人を失わなかった。 私も彼に出会わなかったら、大切な人を失わなかった。 だけど。 それでもやはり。 この恋心はどうしようも無かったと思う。 あの時の私は、絶望という言葉を噛み締めてもなお、彼に対する想いを諦める事が出来なかったから…。 恋に年齢が関係するとは思わない。 出会いが早くても、それが運命であったと言う事だって起こりうる。 一生を左右する想いだって存在する。 あの時、私は幼かったけど。 確かに運命と思える想いを彼に抱いた…。 只一つ、誤算としては。 その運命と言う想いを抱いたのは、実は私だけではなかった、と言う事だった…。 「おはよう」 一週間ぶりに会う夏流に対する、忍の第一声がそれだった。 先週、あの出来事から夏流は忍に会うのが、正直怖かった。 自分の今の現状を知っていてもなお自分に想いをぶつける忍に、これからどう接したらいいのか、途方に暮れていた。 確かに自分の中に、忍に対して、今迄と違う感情が芽生えている。 それもずっと、凍りつかせていた感情が。 今迄人と距離を測っていたのも、自分の心の奥底に鎮めた想いがいつか目覚めるのが怖かったから。 だから忍の存在は、夏流にとって脅威でしかなかった。 自分を変化させる存在。 それはあくまでも自分が望むカタチではなかった。 なのに…。 ふと、いつもと変わらない態度で接する忍に夏流は、一旦考えを停止した。 そして取りあえず無難に彼との付き合いをこなそうと、気持ちを切り替えた夏流は、極めて冷静に返事した。 「おはよう、坂下君。」 そんな夏流の様子に忍は少し間をあけ会話を続けた。 「夏流。 今週末、行くんだよな、病院。 その時、俺も一緒に行ってもいいか?」 忍の衝撃な言葉に一瞬、息を飲み込んだ夏流。 冷静を装うにしても、忍の一言が自分の心の中に重くのしかかった。 応えようとしても、もしここで了承をしたら、忍に自分の過去を話す事になる。 それは彼に心を委ねるという事だ。 だけど、そこまでの関係を彼と築こうとは、まだ考える余地がない。 返答に困った夏流を見かねた忍は、淡く微笑んで言葉をかけた。 声音は何処迄も優しく、深い愛情に満ちあふれていた。 「俺がそこまで立ち入るのはまだ、早いか?」 「…」 「夏流。 俺は7年前に、夏流と出会っているんだ。」 忍の意外な告白に、夏流は立ち止まった。 「…どこで?」 「夏流の母親が入院していた救急で」 「え?」 夏流の意識が忍の言葉に一瞬にして集中した。 そして淡々と語る過去の出来事に、夏流は驚きを隠せなかった。 「俺もそこで入院していた。 その時、事故で両親は既に亡くなっていて、俺は重症を負って何日間も意識不明で生死を彷徨っていた。」 「坂下君!」 「だからこの学校で夏流と出会えるとは、正直、奇跡と思った。 会いたくても、まさか会えるとは思っていなかったから。 ずっと、会いたかった。 夏流は俺をここに停めた張本人だったからね。」 「どういう事?」 「知りたい?」 「…知りたいけど、正直怖い。」 「どうして?」 「だって、私は…」 それ以上、言葉を紡げなかった。 多分、知ってしまったら、坂下君から逃れる事が出来なくなる。 それでも聞く覚悟があるかと言えば、今の私にはまだ、その覚悟が無い。 彼の私に対する想いは、自惚れでなく何処迄も深い。 その想いを受け入れる程、まだ私は、坂下君の事を同じ様に深く想っていないから。 夏流の考えを読み取った忍はふっと、笑った。 「そうだね。 夏流はとても聡いね。 知れば夏流は俺から離れる事が出来なくなる。 いや。 もう遅いけど。 出会った時点で既に決まっていた。 俺は夏流を誰にも渡そうとも、逃そうとも思っていない。」 「坂下君…。」 「夏流の気持ちの中に、誰かがいてもいなくても、もうそれはどうでもいい事なんだ。 夏流。 俺たちは出会った。 出会う事が運命だったのなら、夏流は最初から俺のものだ。」 ストレートに自分の感情を話す忍を正視する事が出来なかった。 何処迄も強い感情。 「どうして私なの?」 言える言葉がそれでやっとだ。 焼き付く様な忍の強い想いに、夏流は自分を保つ事で精一杯だった。 「夏流が俺にとって初めてであり、そして最後の相手だから。」 「…」 「初恋だと言ったら信じるかい?」 |