Act.15  六家の集い その8

(ああ、行きたくない!

今まで涼司さんを偲び集うこの会を心より望んでいた私が、「六家の集い」に参加する事に躊躇いを抱くなんてあり得ない!

それもあの男の所為!

憎っくき高槻輝の所為よ!)

集いの時間まで後30分しかない。

時計の時間を確認して朱美は思わず深い溜息を零した。

(今回の主催者は留美かあ。

留美とは余り交流は無いのよね。

幼馴染でありながらと言われても私達は普通の幼馴染では無いし。

私達は涼司さんの婚約者候補であり、ライバルとも言える関係だった。

涼司さんが存命の間は)

そう思った途端、また深い溜息が零れた。

7年前、転落事故で涼司さんは命を落とした。

息子であるしーちゃんを守って。

訃報が届いた時のそれぞれの反応。

ある者は涼司さんを想い後を追おうとした。

目に浮かぶ光景。

夥しい血に塗れた「彼女」

嘆き悲しむ「彼女」を誰が止める事が出来ただろう。

そんな権利など無い。

誰もが皆、同じ想いだから……。

誰よりも愛しい男性。

この世の全ての美を凝縮した存在。

見詰めているだけで頬が上気し何時も心はときめいていて。

「朱美ちゃんの王子様が現れるまでは、僕が朱美ちゃんの王子様でいいかな?」

優しく微笑み私の手の甲を取り、恭しく己の唇に触れた。

「涼司さん……」

王子様なんて現れる筈は無い。

既に私の王子様は存在している。

涼司さん、貴方が私の王子様。

不意に涙が滲む。

この虚無感を、心を締め付けるこの痛みをずっと、私は抱いて生きている。

(何故、一人で旅立ったの!

私の心を奪って一人この世を去って。

私は今も貴方に囚われている。

ううん、今だけでは無い!

永遠に貴方だけを愛している……)

そう、愛している。

涼司さんを今も変わらず愛している。

だからどんな事をしてもしーちゃんを守ってみせる。

それが貴方を愛する私の想いの表れ。

貴方の愛に応える私の……。

だから高槻輝との身体の関係を持った。

しーちゃんを守る為に。

しーちゃんの未来を守る為に。

しーちゃん自ら力で、あの「事故」から解放されるまでは、私はしーちゃんを守らないといけない。

「涼司さん。

私の事、愚かだと思いますか?

こんな事でしかしーちゃんを守る事が出来ない私は、誰よりも愚かだと」

嗚咽が止まらない。

貴方に捧げる身体を私は既に汚している。

綺麗な身体では無い。

それでも貴方を愛する事を止める事が出来無い。

貴方を愛しく想う心を止める事が出来無い。

「涼司さん」

呟く声が何処か哀しくて、朱美はまた涙を零した。

***

「ふーん、朱美が志穂の兄と婚約ねえ。

思い切った事をしたのね」

ソファに深く座り一人ごちる。

ホテルタカツキのスウィートルームで、未だ出席しない朱美の話で花が咲く。

「あら、何一人で呟いているの?」

くすくす笑いながら志穂が留美の隣に座る。

「だって意外を通り越して喜劇としか言えない。

何をトチ狂って志穂の兄貴と婚約したの?

朱美ってそんなに馬鹿だったかしら」

「あらあら、辛辣な言葉ね。

普段の留美とは思えない言葉使い。

お綺麗な家柄の留美には似合わないわ」

「お誉め頂き、有難う。

そうね。

貴女方、五家とは格式が違う事は認識しているわ。

だからといってそれが何かしら?

涼司さんの婚約者候補として有利とはとても思えないのだけど」

「留美」

「涼司さんが家柄で私を婚約者候補として認めたと思っているのなら、涼司さんに対しての侮辱としか思えないわ。

涼司さんがそんな男性であったとは言わせない!」

「もう、そんなに不機嫌にならないで。

貴女が不愉快な気持ちに駆られたのなら謝るわ。

でもね。

私の気持ちも理解して欲しいわ。

兄と朱美の婚約を明からさまに侮辱されるのは、とても楽しいものでは無いもの。

兄は昔から朱美にご執心だった。

その、長年の想いが朱美に伝わった。

妹としては兄の恋が実った事を心から喜んでいるの」

ゆったりと優雅に微笑えむ志穂は、まるで牡丹の花の様だ。

匂い立つ美しさ。

その色香にほんのりと棘を含ませた……。

「それが本心なら本当に兄思いね、志穂は。

本当は忍さんを独り占め出来る立場に立つチャンスを与えてられて、嬉しいのでしょう?

見え見えなのよ、志穂の魂胆なんて。

で、朱美が来る前に皆に話したい事があって、朱美の時間をずらしたのでしょう?

皆、志穂の提案を聴きたくて、うずうずしているのよ。

早く話したらどうなの?」

「そうよ。

早く話して頂戴。

神聖な集いに、他の男の話等必要無いのに、何故ベラベラ話すのかしら。

本当に不愉快だわ」

「真季子」

「ふふふ、ごめんなさいね。

話の論点を変えてしまって。

真季子は特に聴きたく無いわよね。

会社での兄の尊大な態度。

在ろう事か、涼司さんの巨大パネルをせせら嗤った兄の不遜な態度を許せる訳、無いものね」

「ま、まあ、輝さんてそんな事をしたの!

真季子の怒りは正当なモノだわ。

本当に由々しき問題だわ。

そんな失礼極まりない男と朱美は婚約するの?

涼司さんに対しての冒瀆だわ。

当然、朱美は掟に従って、脱会でしょう」

「ゆ、百合子、何を言ってるの?」

「あら、紀子は朱美を庇う訳?

涼司さんを永遠に愛し心を捧げる私達に、他の男の存在なんて言語道断!

あってはならない事を朱美は行ったの。

掟を破った朱美に、この集いに、いいえ、忍さんの側にいる事は許される事では無いの!」

普段の百合子とは思えない激しさに、皆言葉を失う。

身体を震えさせ憤りを隠さない百合子の激しい迄の涼司に対する想いを止める事等、誰一人いない。

「そうよ。

百合子の言う言葉は正論だわ」

「志穂……」

「私達は涼司さんを愛する為にこの世に生を受けた存在。

涼司さんを唯一と思い生きる私達に他の男の存在などあってはならないの。

だから、ここで宣言するわ。

私は朱美を決して許す事など出来ない。

だから、我が兄との婚約を整えた証には、私は忍さんをこの集いに、随時参加していただく事を交渉するわ。

ええ、皆の想いの証。

愛する涼司さんの遺児であり、涼司さんの面影を宿した忍さんとの接触を解禁させるわ!」

高々と宣言する志穂に皆の動揺の声が部屋中に響き渡る。

「し、志穂」

「そ、それ本当なの!

忍さんと、話す事が出来る。

会う事が出来る。

涼司さんの事を語らう事を、許してくれるの?」

啜り泣く者がいる。

嗚咽を零し涙を流す者もいる。

皆、心から願っていた。

涼司の遺児である忍との接触に。

忍との語らいに。

忍を見つめ、亡き涼司を偲ぶ事を皆、誰よりも望んでいた。

「わ、私、協力するわ!

志穂の提案に賛成よ」

「百合子」

「私も今回だけは志穂に賛成」

「ま、真季子……」

「誰一人、反対なんて無いでしょう?」

くすくすと笑う志穂の目に、朱美に対する憎しみの焔が宿る。

この機会をずっと待っていた。

心が凍てつき生きる希望を奪った朱美を、ずっと憎んでいた。

「もしあっても、反対等させないわ」

志穂の言葉に誰一人、異議を唱える者は居なかった。

朱美の集いの脱会。

婚約者候補からの離脱。

その現実が朱美の目の前に迫っている事を、朱美は知る由もなかった。



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