Act.13  六家の集い その6


「で、朝早くから起こされた私の立場って、考えている?朱美…」

不機嫌な様を声音に含ませて話す紀子に朱美は何度も謝罪する。

「どうしようもなくて紀子に縋る事しか出来なかったの」と珍しくしおらしい態度を示す朱美に何があったか問いただす。
聞かされる内容に紀子は顔をほんのり赤く染めながら、心の中で呆れ返っていた…。

「助かったわ。
早急に相楽さんを呼んでくれて。
お陰で腰の痛みも無くなったわ。
有り難う、紀子…」

「…本当にそう思っているの?」

少し不機嫌な声音を発する紀子にソファに腰掛けた朱美が微笑んだ。
相楽が紀子にご執心な事を知ってるので、この後どんな風に紀子に絡むのかと思うと心の中にほんの少し罪悪感が過る。

「ごめん、私のワガママの所為で…」神妙な趣で謝罪する。

朱美の謝罪の言葉に、「思っても無いくせに」と苦笑しながらの言葉が紀子から返って来る。

「まあ、事情が事情だから仕方がない、と今回はそう思うわ。」

「有り難う、紀子」

「でも、輝さんと本当に婚約したの?」

紀子の言葉にむっとした表情で紀子を見つめる。
その表情に嘆息を漏らす。

「…そうかと思ったんだよね。
朱美が輝さんと婚約、と言うか、そもそも恋愛感情も無かったハズだものね。」

「ええ。
だってダイッ嫌いだもの!」

「…朱美?」

「紀子だって知ってるでしょう?
子供時からの輝さんの嫌がらせ」

「…」

「「豪の妹だから俺の宝物をあげると輝が言っていたよ」侑一さんから渡されたプレゼントがカエルとは信じられる?
私が大のカエル嫌いと知っての嫌がらせ。

それに涼司さんと一緒にいる時、蔑んだ目つきで何時も私を見て、話せば嫌みが返って来るし何をどう好意を持てばいいのかしら?
遠巻きにされる輝さんの嫌がらせに何度、私、落ち込んだか…。
その都度、侑兄さまが親身になって励ましてくれたわ。

「朱美ちゃんはとっても綺麗で優しい女の子だから、ね。だから輝は朱美ちゃんにちょっかいを出すんだよ」と言って。

涼司さんが仕事で忙しい時、輝さんの嫌がらせに悩む私の相談に何時も乗ってくれたのが侑兄さまだった。

だから、私、侑兄さまの事、本当の兄の様に思っているの。」

朱美の言葉に紀子は己の耳に入った言葉に一瞬、頭の中で何度も反芻させた。

(い、今、朱美は何を言ったの…?
侑兄さまって、侑一さんの事よね。
本当の兄の様って、侑一さん、影で朱美に何をしていたのよ!

まさか…。いや、考えられる。
あの、侑一さんなら考えられる!

今回、輝さんが強引に朱美と婚約を取り次げたの、あながち嘘ではないわ。
輝さんは朱美の事を愛している。
あの情事の痕を見せつけられたら誰でも解るはずなのに、朱美には通じていない。

それもそうよね…。
だって侑一さんがそんな風に朱美を洗脳したから。

子供の頃からの刷り込みがそうそう消える事なんて無い。
それを狙っての朱美との付き合いとしたら、何処迄手が込んでいるの…!

本当に手の込んだいたずらだわ、侑一さん…。
呆れてモノが言えない!

侑一さんが輝さんをいたぶる事を好きだって事ぐらい私にだって解る。
あのいたずら好きな目の輝きを見た時点で侑一さんの本性を知ってしまったから。
気付いた時の私に向けた視線。

あれを見て私は悟ったわ。
侑一さんを敵に回す事がどれだけのリスクを背負うか。

ああ、輝さん…。
悲惨と言うか、哀れと言う言葉しか出ないわ…。)

心の中で輝に対しての同情心を募らせる紀子の耳にドアが開く音が聴こえる。
入って来た人物の顔を見て紀子はこの場を離れたい心境に陥った。

「…ふ〜ん、私のお兄様、なんなら熨斗付けて差し上げるわよ、朱美。
その代わり忍さんを私に頂戴。」

艶やかに微笑みながら入って来た真季子に朱美の顔を歪ませる。
バスローブに身を包んだ朱美の身体を冷ややかな目で真季子は見つめた。

「あら、あの男と婚約ですって、朱美。
志穂から聞いた時、自分の耳を疑ったけど今日の朱美を見ると本当だったのね。」

嫌みがかかった言葉に朱美が更に顔を歪ませる。

「志穂の言葉はでたらめよ。
私は輝さんと婚約なんてしていないわ。」

「あら、そうなの?
じゃあ、その項にくっきりと残っている所有の痕は輝さんが付けた訳ではないのね?」

ふふふ、と嘲笑う真季子の朱美は身体を震えさせながら顔を赤く染める。
怒りを露にする朱美を見つめながら紀子は真季子に言葉を控える様に促す。

紀子の言葉に真季子がくすり、と嗤った。

「いいのよ、別に私は…。
朱美があの男とどうなろうが知った事では無いけど、志穂が忍さんの義姉になるのは許す事が出来ないの。
志穂がもし忍さんの親族になったら今以上に忍さんと会う事が出来なくなるもの。
誰かさんが忍さんを独占するから、会いたくても会えない私の気持ちって解らないわよね、朱美?」

辛辣に言う真季子の言葉に朱美はただただ聞くしか出来ない。
反論しようとしても過去の真季子の姿を思い出し言い出せないのが心情だ。

真季子が…、7年前に涼司の死をきっかけに自殺を図った事を…。

それも自分たちの家族が絡んでの出来事。
忍を望まなければ起きなかったあの悲惨な事故を朱美は思い出していた。
朱美の気持ちを察した紀子が真季子をねめつける。
紀子に嗜まれしぶしぶ言葉を切る真季子に朱美が言葉を漏らした。

「…ごめん、真季子。
でも、しーちゃんに貴女達を会わせる事は出来ない。
まだ、記憶が戻っていないから。
ううん、戻って欲しく無いの、私は。
だから…」

それ以上の言葉を紡ぐ事が出来ない。
涙がぼろぼろ溢れて言葉を出す事が出来ない。

「…朱美」

「本当にご免なさい。
私はしーちゃんが大切なの!
貴女達が大切だと思う以上に私はしーちゃんを愛している。
だからしーちゃんを守る事なら何だってする…!
喩えそれが愚かな事だと言われ蔑まれても、私はしーちゃんを守るわ!」

「…」

「それがしーちゃんに出来る私の償いだから…
しーちゃんを望んだ私の。」

真摯に訴える朱美の姿に真季子が嘆息を漏らす。
うんざりとした眼で朱美を見つめる様は、先程の怒りは感じられない。

「…お涙頂戴で墜落させようと言う考えは捨てなさいね、朱美。
あんたの涙を見ても何を感じないわ。

でも、忍さんが大切な気持ちは…解ったわ。
その気持ちは認めてあげる。

ねえ、朱美。

あの男との婚約…、本当なら朱美は「六家ガールズ」脱退と言う事を思っていいのね?」

急に投げかけられた言葉に朱美は一瞬、言葉に詰まった。

「え?」

惚ける朱美に真季子が呆れた眼差しで見つめ返す。

「だってそうでしょう?
涼司さんに一生愛を捧げる為に存在する私達に、涼司さん以外の異性が何故必要なの?
朱美の婚約はそれに反しているのよ。
脱会は当たり前。
涼司さんの事を一緒に共有する事が許されると思っているの?

何ずうずうしい事を考えていたの、朱美。」

真季子の言葉に静まり返っていた輝への怒りが再熱する。
これをも狙っての婚約か…、と輝のずる賢い計略に朱美は怒りを収める事が出来ない。

(絶対に復讐してやる…!
私からしーちゃんを奪おうとするだけでは飽き足らず、私から涼司さん迄奪うつもりなの、あの男わ〜!!!
あの男だけは許さないわ…

高槻輝…。
覚悟していなさい!)

復讐の鬼と化そうとしている朱美の表情を見て紀子は天を仰ぎたくなっていた。

絶対にあの顔は輝の気持ちを勘違いしている、と言いたいがそれを聞き入れそうも無い朱美の趣に、せめて侑一のいたずらがこれ以上の被害を被らない事を
心の中で祈る紀子であった…。






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