Act.1 深酒は百害あって一利無し(R15) 「ああ、またやってしまった…」 目覚めたとき、出た言葉がそれだった。 「深酒をすると、見境無しに男に絡むのは悪い癖だと解っているのに〜。 どうしてこう、毎回毎回、同じ事を繰り返すのかな? ああ、もう自己嫌悪…」 項垂れながらベットから起き上がった朱美は、隣に寝ている人物を恐る恐る見つめた。 寝てる相手を見た途端、朱美は顔面蒼白に陥った。 (な、なんで相手がこいつなのよ〜!!! よりによって、なんでまた…) 悲鳴が出そうになるのを何とか押さえて、ベットからそろりと抜け出した。 起き上がる気配を見せないのを知り、ほっとして床に落ちている下着を拾おうとした途端、背後からいきなり腕を掴まれた。 (げ、もしかして起きた?) 冷や汗を流しながら掴まれた腕を振りほどこうとすると、強い力で、ベットの中に引き寄せられた。 「何処に行こうとしていた?」と、少し低音で不機嫌な声に、朱美は眉を顰めた。 相手の物言いに、かちんと頭にきた。 「何処に行こうが私の勝手でしょう? 貴方に了承を貰う程の間柄ではないでしょう?私達」 相手の機嫌を窺う程、自分は彼の事を想っている訳ではない。 いや、どちらかと言うと苦手な人物である。 苦手? そんな可愛いモノでは無い。 はっきり言って大嫌い! 天敵とも言える男と、どうしてベットインしたのよ、私。 ああ、そっか。 思いだした。 はああ、それほど落ち込んでいたんだな、私…。 ううん、そんな単純な言葉では済まされない。 愛しのしーちゃんに彼女が出来たのが、私の中で理性を無くさせたのよ。 ああ、しーちゃん。 私の永遠のアイドル。 心のオアシス。 なんで、なんでこんなに早く結婚を決めるのよ。 まだ、学生でしょう、しーちゃん。 ああああ、しーちゃんのバカ〜!!!! ついでに、私の大バカもの〜!!!! はああ、と壮大な溜息を吐きながら、朱美は自分を抱きしめる相手を睨みつけた。 「ちょっと、離してくれないかしら。 私、帰りたいのだけど。」 「嫌だね。 やっと、朱美を抱く事が出来たのに、そう簡単と離すと思うか? お前だって嫌がる気配は全然見せてなかったし、ね。 今も言ってる言葉とは裏腹には、俺をかなり意識していると思うが」 くつくつと笑いながら、朱美の曲線に触れる手の動きに朱美は自分の体が反応している事に気付き、真っ赤になって否定した。 「これは別に相手があんたでは無くても、生理的現象というもので…。 もおおお、いい加減にしてよ、輝さん!」 私とベットンした男、高槻輝は、兄、坂下豪の悪友であり、幼なじみの間柄である。 幼いときからの付き合いだが、この男が何を考えているのか、私にはさっぱり解らない。 兄、豪は単純を絵に描いた様な男なので、何を言えば反応するか手に取る様に解るのだが、 この男だけはいつも理解に苦しんだ。 容姿も腹立たしいけど、これがまた、なかなかのハンサムで。 切れ長の目に、フレーム無しの眼鏡、端正で鋭利な容貌に女の噂が絶えないのは知っていたが…、 まさか、自分とこういう関係になるとは夢にも思ってなかった。 私に対して、これっぽっちも恋愛感情なんて見せた事は無かったし、それに私には初恋の人、 叔父であり、しーちゃんの父親である涼司叔父さんが、心の中に存在していた。 涼司叔父さんが亡くなった後もその生き写しとも言えるしーちゃんが常に側にいたので、恋愛はしても、相手に深い感情を持つ事はなかった。 しーちゃん。 しーちゃん事坂下忍は、父の妹の一人息子であり、いとこであり、義弟である。 7年前、転落事故で叔母夫婦は亡くなり、しーちゃんは坂下家の養子となった。 しーちゃんは本当に素晴らしい男である。 今年19歳になるが、二年間治療に専念したため、未だ高校生であるけど…。 十代とは思えない包容力、優しさ、頭脳、そして輝く様な美貌。 本当にパーフェクト! 自慢の義弟である。 7年間繰り広げられる、祖母と母と、私の戦いは、回りから見ると荒ましいと言われるが、そんなの、無視無視! だって、会社でくたくたになる程働いて、休日に潤いと言えば、しーちゃんとのデートに決まっているじゃないの! もおお、しーちゃんは優しいから、みんなの要望に応えた時間配分をして、私達に付き合ってくれる。 嬉しいけど、でもね。 本当は独り占めしたいと思う気持ちが、常に心の中で燻っていた。 何時かしーちゃんにも、大切な女性が出来る。 そう、絶対にそういう相手に巡り会って欲しいけど、それ迄は…。 それ迄は独占したいじゃないの。 でも現実は残酷であり、容赦がないとつくづく思った…。 ああ、なんか、悲しくなったな。 ぼろぼろと涙を流していると、輝が急に力を込めて抱きしめた。 「泣くなよ」と耳元で囁く声が意外に優しくて、朱美はつい、声を上げて、わんわんと泣き出した。 「もう、いい加減に忍君から卒業しろよ」 髪の毛を梳き、宥めながら輝が言うと、朱美は涙をぴたりと止め、キッと、ねめつけた。 「そんなの私の勝手でしょう! なんで、あんたに指図されないといけない訳?」 「そんなの決まっているだろう? 俺とお前は結婚するんだから」 輝の言葉に朱美はその場で硬直した。 「い、今、なんて?」 「結婚。 お前、昨日俺に抱かれながら、プロポーズを受けたじゃないか。 ほら、左手に婚約指輪」 朱美の左手には、燦々とダイヤモンドが煌めいていた。 輝の言葉にわなわなと震える朱美。 「あんた、絶対にこれを狙ったのね。 なんて策士な男。 もおおおお、サイテー!」 「お褒めの言葉として、有り難く頂戴するよ。 朱美。 明日、早速、ご両親に挨拶に行くから予定を聞いておいて。」 怒りが頂点に達した朱美は、にっこりと微笑む輝の頬を思いっきり、ひっぱたいた。 パシン、と小気味よい程いい音が鳴ったので、朱美は荒ぶる心を、少し落ち着かせる事が出来た。 (ざまあ、見ろって言うのよね、ふん) 輝の目が剣呑の光を帯びてる事に気付かずに、朱美は輝の腕を払いのけベットから降りようとしたが輝によって、再びベットに押し倒された。 「急に何するのよ」と言おうとした途端、輝の目が不機嫌な光を帯びているのに気付いた朱美の額には、冷や汗が滲んできた。 「ちょ、ちょっと放してよ、輝さん」 朱美の言葉を無視して飲み込む様なキスをする輝に、朱美は力の限り抵抗したが…。 輝が与える官能の波に意識を奪われ、既に抵抗する事さえ億劫になっていた。 甘い声が漏れる中、朱美は微かに残る理性の中で宣言した。 (絶対に、こいつの思い通りになるものか〜!!!) そして深酒は辞めようと、これもまた微かに残る理性の中で、朱美は高々と宣言したのであった。 |