Act.27  恋愛狂想曲 その13



「ははは、狼狽えている侑一のやつ。
もっと、狼狽えたらいいんだ、あいつは…!」

孝治と侑一のやり取りを見つめていた輝は目を輝かせながら悪態をつく。
日頃の鬱憤を晴らすかの如く言い放つ輝に豪が苦笑を漏らした。

「大概にしておいた方がいいぞ、輝。
また痛い目に会う事になる…!」

豪の忠告にぴくり、と柳眉が上がる。
度重なる報復を思い出したか、輝は急に言葉を控えたが…。
やはりそれ以上に溜まりに溜った侑一に対する恨みが強かったのだろう。
侑一の神経を逆撫でる言葉を延々と続け始めた。
そんな輝に、近いうちに確実に輝が報復を受ける事を実感した豪はどうかその被害が最小で済む様に天を仰いだ。

(頼むからこれ以上侑一を怒らすな、輝…!)

心の中の訴えが輝に届いたかは定かではない…。

「しかし孝治は春菜ちゃんを何処に連れ出したのかな?
まさか、ホテルじゃあ」と無責任な言葉を言う克彦に侑一の怒りのオーラが最大限に達してしまった。
部屋中に蔓延る負の感情に流石の輝も口を噤んでしまった。
冷や汗が背中にだらり、と伝わる。
にっこりと、しかし目は笑っていない侑一に今度の報復の被害がどれだけの回りに影響を及ぼすか、頭の中で被害状況を想像する。

「…口が過ぎた」としぶしぶ謝る輝と、のほほんと笑っている克彦に侑一が一言言う。

「輝は僕を怒らす事を言ったと自覚しているの?
ふーん。
心の中ではひとっつも思っていない癖に。
克彦は…、一度「その先」を見て来た方がいいよね?
ふふふふふ」

と恐怖の大魔王降臨の如く邪悪な空気を纏う侑一に、頼むから怒りを抑えてくれと訴える豪。
豪の言葉に少しは空気を和らげるが、孝治の行動に怒りが収まらない侑一の感情を鎮める事が出来ない。

「そのままにするのは一番の得策だ…」とぽそり、と呟く雅弘に、何をあっさりとと豪は心の中で溜息を零した。

「本当に昔から輝は僕に虐められたいんだね。
まあ、僕も輝には愛を感じているからいいけどね。」

と更に笑みを深くするが普段の穏やかさが一向に感じられない。
ここで反論すると倍返しを食らう、と解っていても納得出来ない言葉につい反応する。

誘導に引っかかるな、と何度忠告しても輝の性格は治る事は無い、と豪はこれは自然の流れに任すのが一番だと戒める事を放棄した。

「な、何が愛だ、気持ち悪い…!
吐き気を催そうとさせる言葉を引っ込めろ、侑一。」

「…ねえ、輝。
結婚って本当に素晴らしいよね?
僕もしたいな〜と思っているけど、進めてもいいかな?」

侑一の言葉に輝の顔が蒼白になる。
先程の空港の一件が一気に輝の脳裏に蘇る。

「お、お前…!」

急に鋭い声を発する輝を冷ややかな目で見つめる。

「僕は本当に豪と義兄弟になりたいんだ、豪」と言葉を続けようとする侑一の言葉を強引に遮る。

「悪かったからそれ以上の言葉を言うな、侑一…」

慌てて謝罪する輝を呆気にとられながら見つめる豪を侑一が独自の間のあいた言葉で優しく話しかける。
余りにも優しげに豪に話す侑一を心の中で気持ち悪い…、と暴言を吐きながらも、どうにか平常心を保たせようと感情を律する輝。
普段の輝とは思えない行動に豪は怪訝な眼差しで見つめたが、侑一の語らいにその考えも中断させる。

「僕、本当に傷ついているんだ、豪…」と涙をにじませ語る侑一を哀れに思い、余り落胆するな、と励ます豪を心の中で単純に騙させるなと、
輝が叫んでいるとは到底思っていないだろう。
こうやっていつも豪は侑一に騙されおもちゃにされてるのを豪は後で気付くのだが、いい加減学習しろ、とその場にいた3人、いや騙している侑一を入れて4人が皆、思っていた。

本当に豪は馬鹿が付く程、人がいい…。

何時かその人の良さで深く傷つけられたら、と一斉に心配するがそれ以上の報復を輝を含めた5人の幼なじみが傷つけた相手に徹底的に行うであろうと言うのも皆、総じて感じていた…。

「ねえ、孝治さん。
何処に私を連れて行くの?」

強引に孝治に車に乗せられ、車が走行し始めてかれこて30分が経過するが一向に車が止まる気配がない。
無言を通す孝治に流石に春菜の気持ちに不安が広がる。

何時の軽い表情を浮かべているのではなく、真摯な瞳で孝治はじっと前を見つめている。
シャープで端正な横顔が自然と春菜の視界に映る。

(この人に先程私は告白されたんだ…。
こんなにハンサムで大人の男性に)

先程から心臓の音が鳴りっぱなしで鎮める事が出来ない。

確かに自分は意識している…。
孝治をイヤって言う程、異性として意識してときめいている。
そして忍と孝治と違いを自然と心の中で考えてしまう…。

忍は自分を異性として見つめてはくれない、だけど孝治は自分を異性として見つめてくれる…。

自分の想いが揺れているのが解る。

強烈に自分の心に想いをぶつけた孝治の真摯な言葉に春菜は今、自分がとてもアンバランスな心の状態に陥っている事を感じていた。

(私が好きなのは坂下君。
それはそう。

今も彼が好き…!

だけど坂下君が私を好きになるの事は…、無い。
諦めないといけないのに。

だけど、今でもやっぱり好き…!
好きだけど、でも孝治さんの言葉にも揺れ動く。
正直、心が揺すぶられた…
あんなに情熱的に想いをぶつけられたら意識してしまうよ。
ずるいよ、孝治さん。

本当にずるい…!)

考えに捕われていると急に車が停車した。
目的地に着いたんだと思い、顔を上げると孝治が自分を見つめている事に気付いた。

耳元であの深い声が自分を鼓膜に響く。

「春菜…」と呼ばれ恥ずかしくなり目を逸らす自分の肩を掴み、視線を合わせようとする孝治に抵抗する事が出来ない。
顔を赤く染め、恐る恐る孝治に視線を向ける。
熱い目で孝治が自分を見つめている。

自分に強く劣情を訴える孝治の瞳に魅入られた春菜はその場にて動く事が出来なかった…。

いつの間にか唇が触れられている。
「愛している…」と言葉と共に春菜は孝治に強く抱きしめられ深く唇を奪われていた…。



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