Act.15  恋愛狂想曲 その1


朝、私は玄関に木霊する素晴らしいバリトンの声で目を覚ました。

いや…、余りにも素晴らしい愛の告白、と言うべきであろうか…?

初めてこの声を聴いた時、愛の讃歌を唱えるのは実は更科兄妹だけでは無かった事に私は驚愕した。

「真季子、愛している!
私と結婚してくれ…!」

ああ、本当になんて良い声!

このバリトンで情熱的に愛を囁かれたら声マニアではなくてもイチコロのハズだ。
それに容姿だってかなり整っているし、ハンサムだ。
但し、パパには負けるけど!

その素晴らしい声で朝から真季子さんにプロポーズしているのは、笹崎克彦さん。

パパ達の幼なじみであり、あの「六家」と言われる日本有数企業の後継者。

音楽、特にクラシックに造詣が深い為か、毎回オペラ風で告白するのだが、かなりの美声なのだが、余りにも音程が狂っているで勿体ない…。
いや、本人はあれが確かなる音程である、と自負している所為か、何も言えない。

いや、言いたくも無いし、関わりたくも無い…。

ああ、どうしてこうも、私の回りには変人、基い、個性の強い方々が揃っているのだろうか?

パパにしたって、真季子さんにしたって、あの坂下忍に、孝治さんも…!

極めつけに、この笹崎克彦さん!

真季子さんに6歳の時から、ずっとプロポーズしている。

その一途さに私は感動を憶えたが、その後の彼のすさましい行動に、感動を通り越して呆れ果ててしまった。

そう、真季子さんが何故、あんなにも坂下君の父親に傾倒したか、深く理解出来る程に…。

克彦さんの愛の表現は、見ていて異常だ。

あんなに毎日毎日、白い薔薇の花束を抱え、そして恋する自分に酔いしれての告白。

改めて思うけど、パパの幼なじみ達はあんなに変人…、いや、ズレた人達が多いのだろうか…?
その後、私はそれが間違った考えであった事に深く安堵する。
パパに、一応、マトモな方々が幼なじみに存在した事に。

それはまた、後日の話。

今は、この克彦さんの事に集中したい。

「真季子…。
今日、私は君に9132回目のプロポーズをしている。
こうして君に愛を告白出来る私は、なんて幸せなんだ…!

君の美しさを称える事の出来るこの私の喜びを、君にこの歌声で捧げよう…!」

(ああ、歌いだした…!

朝からあの美しい声で、音程の外れたオペラなんて聴きたく無い!

クラシックが苦手なのに、これ以上嫌悪感を持たせる行為は止めて!

ああ、音楽への冒涜としか思えない音程…。

いやあああああ!!!)

ベットに潜り込み、耳栓をしても聴こえる克彦さんの歌声。

(一体、どれだけの声量なのよ…。
ああ、お願い!
誰か、この声を止めて!
この破壊的にオンチな歌声を…!)

願いが叶ったのか、克彦さんの歌声がぴたり、と止まった。

何があったのかベットから出て見てみると、真季子さんが階段から降りながら克彦さんに話しかけていた。

真季子さんの物凄く不機嫌な様子に、私は体が硬直し、ドアから動く事が出来なかった。

(超美人が怒ると、あんなにも迫力があるんだ…。)

心の中で、真季子さんへの感想を述べていると、いつの間にかパパが私の側に来ていた。
パパの表情を見た途端、私は見てはならないモノを見た、と心の中で叫んだ…。

絶対零度と化した空気を生み出しながら微笑むパパに、身体は震え背中には冷や汗が流れ増々動く事が出来ない。

ああ、パパだけは絶対に怒らすのはやめよう…と、私は改めて心の中で誓った。

「ああ、真季子!
今日も君は綺麗だね…」

うっとりとする程、麗しいバリトンの声を惜しみなく真季子さんに向ける。

まあそれ以上に真季子さんに対する美辞麗句に、感動しますけど!

こめかみに青筋を作りながら真季子さんが、克彦さんにこう言った。

「ねえ、克彦さん。
貴方、プロポーズの告白日数、間違えているわよ。
毎回毎回、訂正してるけど、9132回ではなくて9127回よ!

5日間、間違ってるわ!

小学校二年生の時に、水疱瘡に罹って2日間、休んだでしょう?

それに、5年前、インフルエンザに罹って1日間、休んで、それから…!」

「…」

(一瞬、真季子さんの言葉が彷徨った?
どうして…)

2人の会話にパパがぴくり、と表情が揺らいだ。

「…だから9127回と訂正しておくわ。

そして、私からの返事は毎回一緒だけど、貴方のプロポーズはお受け出来ません!

私には生涯に渡って愛する涼司さんが存在するので。

だから私の事は諦めて、さっさとお引き取り下さい…」

口調を変える事無く淡々と話す、真季子さんに私は驚いた。
いつもはゆったりとした甘い声で話すのに、克彦さんに対してはとても辛辣だ。

そんな真季子さんにめげずに爽やかな笑顔で言葉をかける克彦さんに、私は呆気に取られてしまった。

「今日は帰るけど、また明日の朝、プロポーズをしにくるよ。
真季子が私のプロポーズを受け入れる迄、私は毎日、君の元に通うよ。」

そう言って克彦さんは真季子さんに白薔薇を手渡し、その場を去った。

薔薇で覆われてる所為で、真季子さんの表情が窺えない。

だけど、真季子さんを見つめるパパの表情を見ると、私はふと表情が緩んでしまった。

ああ、パパって本当にこんな風に感情を出すんだね…。

心の中で、くすり、と笑った。

そう。

パパはとても困った風に、そして寂しそうに笑っていた…。





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