Act.14 恋の自覚 その4





一瞬、何を言われたか解らなかった。

(パパが坂下君の心を奪えと?)

「どうゆう事…」と、問いただす事しか出来ない。

春菜の言葉を侑一は、普段とは違う感情を灯した瞳で春菜を見つめた。

その目を見た途端、春菜は背中にぞくり、と震えが走った。

(いつものパパではない…。
穏やかで、そして少しはにかんだ様に笑うパパとまるで雰囲気が違う。)

「…言葉通りだよ。

7年前から、彼は二つの感情を持って自分を保っている。

それが多分、今、崩壊の段階に入ろうとしているんだろう?

感情が定まっていない彼の心に深く踏み込めばいい。

春菜が本当に忍君が好きなら、どんな彼を見ても受け入れる気持ちはあるんだろう?」

侑一の言葉にこくり、と頷く。

「なら、忍君の感情に、記憶に春菜が上書きをすればいい…。

今の忍君はある少女との出会いによって、存在している。

だけど、彼はその存在をまだ、思い出していない。

春菜が…、彼女以上の存在になる様に忍君の心を奪うんだ。」

侑一の言葉に、最初は素直に聞き入っていたが、だんだんと語られる言葉の語彙に流石に春菜も聞くのを躊躇った。

「そ、そんなパパ…。

出来る訳無いじゃない!

無理に決まっている!

だって、坂下君が目覚めたのが、その彼女によってって言うんでしょう?

そんな…。

心の中に深く存在する人以上になれって、無理よ、パパ!

それにそんな事、出来ない。

好きな人がいるのに、なのに記憶が失って思い出せないなんて…

坂下君が余りにも可哀想よ、パパ!」

「だったら、最初から好きになるんではない!

忍君を好きになるのなら、それくらいの覚悟が無いと駄目だよ。

春菜は…、忍君の事を本当に好きなのか?

忍君の心の崩壊を黙って見ている程の想いしか持っていないのかい?

それは本当の想いでは無いよ、春菜。

中途半端な想いしか持てないのなら、忍君の事は諦めるんだ。」

「なんですって!」

「春菜は彼を本当に好きなのか?

忍君が今、どんな状態かは春菜は解っているんだろう?

忍君は何時か自分の心の闇と対面する様になるだろう。

今、もう既にその段階に入っているのかもしれない。

その時、彼には心から支える存在が必要になる。

あの少女との対面前にそれが始まったら、尚更だ…。

いや、逆に彼女との再会が忍君の感情に、混乱を引き起こされる要因になるかも知れない…。

忍君がどの様になるかは正直、解らない。

全てを受け入れて前に進むかもしれない。

だが、もし、それが失敗したら、解るかい?

春菜。」

侑一の言葉に、ごくり、と喉が鳴り唇が震える…。

「…」

「忍君の心が完全に閉ざされるのかもしれない。

最悪、精神が崩壊し、植物状態に陥るだろう…」

「そ、そんな…!」

「これはね、春菜。

忍君にとって、現実におころうとしている問題なんだよ。

彼に想いを抱く事は悪いとは言わない。

だけど、本当に好きなのなら、彼の事を諦めきれないのなら、どんな事をしても忍君の心を奪わないといけない。

それが…、忍君に対しての本当の想いだと僕は思うよ。

心の中にいる存在に躊躇って、心を奪わないなんて…、それは綺麗ごとだよ。

自分の気持ちに自信がないんだよ、春菜は。

好きになるのに、綿飴の様にふわふわとした甘い気持ちだけでは駄目なんだよ。」

「パパ…」

「僕が言える事はそれだけだよ。」

「…」

今にも泣きそうな春菜の様子に、侑一は近づきそっと頭に触れた。

優しく髪を梳く侑一の仕草に、春菜はぼろぼろと泣き出した。

留まる事を知らない程溢れる涙を抑える事が出来ない。

春菜のそんな様子に流石に言い過ぎた、と侑一は心の中で反省した。

「キツく言って済まない」と謝る侑一に春菜はかぶりを振って否定した。

「…パパの言う事は解るの。

でも、私は…」

ふと、微笑みぽんぽんと春菜の肩を軽く叩く。

「もう、今日はお休み。

色々な事が一気に押し寄せたから、春菜もこれ以上考えたらパンクするよ。

追々、心の中を見つめて答えを出して行けばいい。」

「…」

「お休み、春菜」

侑一が部屋から出た後、春菜はベットに横になり、枕を抱きしめながら忍の事を思った。

(パパが言う通り、坂下君を好きになるのなら、中途半端な気持ちでは駄目。

坂下君…。

あんな坂下君の姿を私は見たくない。

それに、もし、本当に心が崩壊したら…)

心の中に過る不安が春菜の感情の全てを奪っていた。

(彼を助けたい…。

心を奪う事が、坂下君を助ける事に繋がるのなら、私は…。

彼の心を奪いたい…!)




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