Act.12 恋の自覚 その2





(バカだ、私。

坂下君の事を好きになるなんて…。

最初から解っていたじゃないの。

坂下君が彼女に心惹かれている事も、私の事を何とも思ってない事も…。

なのに、好きになるなんて本当にバカ…!)

春菜の涙を最初、怪訝な様子で見つめていた忍が、少し間を置いて言葉をかける。

ふうう、と息を吐き一言言う。

「すまない…」

忍の言葉に俯いて涙を零していた春菜が急に顔を上げる。

自分の想いにまさか気付いたのであろうか?と、そう思うと心の中が締め付けられる。

不安げに見つめる春菜に、忍は更に言葉を続けた。

「君は…、俺の事が好きなのか?」

忍のストレートな言葉に一瞬、言葉を返す事が出来なかった。

返事をしない春菜に忍は、ただただ溜息を零すばかりだ。

少し気持ちを落ちつかせた春菜がやっと、忍に話しかけた。

「…もし、そうだとしたら、どうするの?」

とぎれとぎれに言葉を紡ぐ春菜を表情を変える事無く、ただ見つめる。

春菜はと言うと今、自分が言った言葉に反応し、顔を赤くするばかりだ。

目にはまだ涙が潤んでいる。

「俺は君の気持ちには答えられない。

君の事は、正直、好感が持てる。

今迄俺が付き合っていた女の中で、君が一番マトモだよ。

俺に自分の気持ちを押し付ける事も無く、自分本位でもない。

だけど、俺は…。

俺には誰かを好きになると言う感情が元々、無いんだ…。

誰かを恋い焦がれる、誰かを想う、誰かを好きになる…、そういう感情が全く湧かない。

君が俺を好きになっても俺は君を異性として好きになる事は、絶対に無い…!」





忍の余りにも容赦がない言葉に滲んでいた涙が溢れ出した。

視界が涙の所為で歪む。

忍の哀しい言葉に、春菜は自分の心の痛みよりも忍の心の闇に心を痛めた。

自分と同じく大切な人を亡くした人…。

その哀しみが彼を包んで離す事は無いんだろうか…?

じゃあ、何故、忍はあの女生徒に心を揺るがすの…?

忍のあの瞳には確かに異性に見せる感情が宿っている。

彼は…、知っているんだろうか?

自分の中にある彼女への想いを。

「…じゃあ、彼女に向けるあの視線は…?」

自然と零れる言葉に春菜は、一瞬、戸惑いを隠せなかった。

その言葉に忍の顔が一気に歪む。

やはり、彼女の事は忍も自分の感情の中で感じているんだ…、と春菜は忍の表情を見て察した。

「…俺の心を暴こうとする言葉を向けるのは止めてくれないか?」

忍の冷たい視線を受けつつも春菜は言葉を続ける。

「坂下君は一生、今、芽生えてる感情を逸らして生きるの?

彼女を見つめる瞳は、私でも解る位、感情が読み取れる。

彼女に心惹かれてるんでしょう…?

なのに、どうしてそれを認めようとしないの?

どうして…!」

感情を露にして言葉を捲し立てる春菜に忍は更に表情を険しくする。

殺気すら漂わせる忍に、春菜は身体を震わせた。

「それ以上言うな!

俺があの女を好きだって事か?

バカを言うな!

俺が誰かを好きになるなんてあり得ない。

もし…、あるのならそれは…。

それは…」

今迄に見た事も無い忍の激情に春菜は表情を曇らせながらも、ただじっと見つめていた。

肩を震えさせながら一気に息を吐きながら、忍は気持ちを落ち着かせる。

そして自分の感情を整えると一言、呟いた。

「…「僕」を目覚めさせた、あの子だけだ…」

自分の言葉に一瞬何を呟いたか解らないと言った様子で、忍は視線を泳がせた。

そして、ぽつりと言葉をはく。

「俺は今、何を言った?

あの子って、一体…?」

そんな忍を春菜は言葉をかける事が出来ない。

不安げに見つめる春菜の視線を感じながらも忍は自分の心に沸き上がった感情に捕われていた。

「俺は何を忘れているんだ…?

大切な事を忘れている。

俺は…、誰を捜している?」

「坂下君…!」

「思いださないといけない。

そうしないと、俺は」

「坂下君!」

「俺は…」

記憶が綻びかけている様を伺わせる忍を案じた春菜は、強く忍の身体を抱きしめた。

震える指先が、声が、忍の動揺を強調させる。

(駄目!

これ以上、思いだしたら駄目、坂下君…)

抱きしめる春菜の熱が忍の身体に伝わったのか、震えがだんだんと治まってくる。

心の中で安堵しつつも忍のアンバランスな様子に、春菜は抱きしめる腕の力を強めるのであった。





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