Act.6 ForYou



「ただいま、忍…」

「お帰り、夏流」

マンションに戻った夏流を出迎えた忍の姿を見て笑みが零れる。

「どうしたの?エプロンなんか付けて。」

夏流の問いに忍がくすくす笑う。

「夏流の好きな料理を作っていたんだ…」

そう忍が言った途端、夏流の顔が一気に青くなる。
震える唇をどうにか落ち着かせ、直ぐさまダイビングに向うと、テーブルに山の様に作られている料理が目に入った。

「し、忍、この料理…」

ぶるぶる震えながら言う夏流に忍が極上の笑みを浮かべて答える。

「ああ、夏流の好きな料理、全部作った。」

あっさり言う忍に夏流は目眩を起こしそうになる。
気持ちは嬉しい。
確かに自分よりも料理の腕は遥かに上だし、美味しいし作らなくてもいいのはとても楽だけど…。

(だ、台所にある大量の洗い物をどう片付けろと言うのよ…。
もう、食器乾燥機で何度洗ったらいいの?
う、ううん、それだけではない。
一体、どれだけの材料を使ったのよ。
れ、冷凍にするにも冷凍庫の許容範囲を超える迄の料理作ってどうしろと。
おまけにデザート迄…。
ロールケーキにシュークリームに、プリンに、クッキーに…。
私の胃袋を忍はどう思って…。

や、やめよう。
忍に経済観念を求めた私が、いや、一般常識を求めた私が間違いだった…)

がっくりと肩を落とす夏流に忍がまた、噛み合ない言葉をかける。

「ごめん、夏流。
俺が料理を作ると落ち込むんだったよな…」

神妙に言う忍に、言いたい事はそれじゃない、と出そうになる言葉をぐっと我慢する。

(お、落ち着こう夏流…。
今日、帰宅したら忍に告白するのではなかったの?
こんな忍のペースに巻き込まれたら、言うタイミングを逃してしまうわ。)

どうにか表情を整えた夏流は、忍が作った大量の料理を忍と2人で黙々と食べ始めた…。

ミルクティーを飲みながら、たんまり忍の料理を食べた後もデザートに手を出している自分に夏流は軽い自己嫌悪に陥っていた。

(どうしてこんなに美味しいの。
だから忍には作って欲しく無いのよね。
料理、作るのイヤになるから…)

と考えつつも自然とクッキーに手が出る自分を抑える事が出来ない。
そんな夏流をじっぼ見つめる忍の視線にふと、気付く。

「…今迄、済まない夏流…」

急に謝罪する忍に夏流は訝しげに見つめる。

「あの女から、夏流がどれだけストレスが溜っているか解っていない、と言われて。
確かに最近、ずっと家事全般を夏流に任せっぱなしだったし、それだけでは無いな。
あの女と会う時間迄奪っていたのか、俺は…。
知らなかったんだ。
夏流が何も言わないから、大丈夫だと思って…」

忍の言葉に一瞬、考え込み、そして微笑んだ。

「そんな事でまた悩んだの?
違うわよ、忍。
家の事は1人でも2人でもする事は一緒だし、苦になっていないわ。
美咲との事もお互い時間が合わなくて会えなかっただけだし…。
ストレス…、確かに多少はあるけど、それが忍の所為って言う訳ではないから悩まないで。」

「だけど、最初、料理はお互いが帰宅が早い時に作る事を前提で同棲を始めたし…」

「でも、忍の仕事が手が大事なんだから、もし料理で怪我をしたらどうするの?
それに私、自分で作った方が何かと…」

「え?」

「ううん、何にも無い」

一瞬出そうになった言葉を夏流は飲み込む。

(だって、経済観念の無い忍に料理を任せると食材が…。
効率よく作る事が出来るとも思えないし、今日みたいにたんまり毎回作られると流石に、食材を痛ます事になるし…。
私が家事をしていた方が精神的にも楽、とは言えないよね…)

「ねえ、忍。
この先、忍はずっとそんな事を考えるの…?」

「え?」

一瞬、言われた夏流の言葉に忍が目を見開く。
何を言われたか解らないと言う忍の表情に、夏流はくすり、と笑う。

「だって結婚したら私、家庭に入るつもりなんだけど。
家事全般が私の仕事になるから、忍に取られるのイヤだな〜」

「夏流、それ…」

「うん。
私、忍と結婚したい。
忍の奥さんになりたいんだけど、いいわよね?」

「…いいのか?」

震えながら言う忍の言葉に夏流は頷く。

「うん、忍とこれから先もずっと一緒に人生を歩みたい。
待たせてごめんね、忍…。
私に言ってくれない?今…」

真っ直ぐに見つめる夏流の視線を受け止めながら、忍はゆっくりと紡ぎだす。

「夏流…。
俺と結婚してくれ!」

忍の言葉に夏流が目に涙を溢れさせながら、こくり、と頷く。
自分を見つめる忍の目にも涙が溢れている。

「ほ、本当にいいのか…?
俺で、本当にいいんだな」

抱きしめる忍の腕の中で夏流が何度も頷く。

「忍が好き…。
愛している。
だから貴方の側にずっといたい…」

夏流の言葉に忍は何度も夏流の唇を奪いながら何度も愛を囁く。

「愛している…。
未来永劫、俺の愛は夏流だけのモノだ」

忍の言葉に目を細め、夏流がぽそり、と呟く。

「私だけのモノではないわ、忍。
ここにいる私達の…」

そう言って忍の手をお腹に導く。
頬を染めながら言う夏流に忍は言葉を上手く紡ぐ事が出来ない。

途切れ途切れに問う言葉に夏流は「うん…」と答える。

「今日、産婦人科に行ったら2ヶ月だと言われたの。
来年、私達、パパとママになるの…」

「…本当か…?」

「そうなの。
だから…」

「は、早く式を挙げないと。
その前に籍を入れよう。
つ、次の大安吉日は、い、いや、先に夏流の叔母さん夫婦に会いに行って結婚の報告を行って…、あああ、もう違う!
俺は…」

「忍…?」

「嬉しいよ。
やっと家族を手に入れる事が出来るんだな、俺は。」

忍の涙ながらの言葉に夏流が一言、添える。

「私達よ、忍…。
私もやっと欲しかった家族を手に入れる事が出来るの…!」

「有り難う、夏流…。
俺は今、とても幸せだ…」

「忍…」

忍に抱きしめられながら、私はふと忍と再会した時の事を思いだしていた…。

10年前、私は貴方と出会い別れて、そして10年後、また貴方と再び出会った。

どうして貴方を好きなったか、貴方に伝えた事が無かったわね、忍。

再会した時、貴方はこう言ったわよね?

「初めまして、成月忍と言います。

以前から貴女の事が好きでした。

僕と付き合ってくれませんか?」


貴方が「成月忍」と言った時、私は貴方が過去を乗り越えた事を知ったの。
全てを受け入れて今、自分の道を生きている。
過去の哀しい出来事を貴方は毒にする事無く、それを薬と考えてこの10年を生きてきた。

だから、私は貴方に恋をした。
過去の貴方を見つめ、今いる貴方を見つめ私は貴方が誰よりも大切な存在だと気付いたの。

そして解ったの。

これが「愛」だと…。
貴方が誰よりも大切な存在だと言う事が愛なんだって事に…。

貴方が今迄歩んで来た人生を愛おしいと思った。
そして、その先の人生を私も共に歩みたい、と…。

「貴方を誰よりも愛している、忍…」

この先ずっと、貴方だけ。
今ある想いも、この先ずっと続く想いも貴方だけに…。



「ForYou」


今迄、忍と夏流のお話に付き合って下さり、有り難うございました。
読んで下さった方々に心からの感謝の気持ちを込めて…
華南


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