Act.5 恋情 その4



「昨日のカフェでお会いする事が出来ませんか…?」

急に携帯にかかって来た相手に豪は息を呑んだ。

10年前、教えた番号は今もそのままである。
夏流はずっとその番号を登録していたのか、と豪は苦笑を漏らす。

「何時か都合がいいのかな?」

「…今日はお休みを頂いています。
なので、何時でも大丈夫です。」

「そうか。
では、一時間後に…」

豪との会話を終えた後、夏流は美咲のマンションを出てその足で約束の場所へと赴いた。
昨日、自分たちが利用したエレベーターは一部の関係者のみが利用出来るモノだと後で気付いた事だ。
付いた途端、昨日の場所へどう行けばいいのか考え倦ねていると、男性から声をかけられた。

「藤枝夏流さんですね」

「そうですが、貴方は…?」

「私は坂下豪の友人で更科侑一と申します。
昨日の場所に貴女を案内する様にと坂下から頼まれまして。
ご案内します。」

更科…、と言う言葉に夏流は一瞬、今、目の前にいる人物がこの百貨店の関係者である事に気付いた。

「もしかしてこの百貨店の関係者の方ですか?」

夏流の言葉に侑一が頷き、笑みを深くする。
柔和で整った容貌で微笑まれ夏流は仄かに頬が赤くなる事を自覚する。
初な夏流の反応に侑一が苦笑を漏らす。

「だから豪は彼女に惹かれるのか…」

ぽつり、と微かに出た言葉が夏流に伝わる事は無かった…。

「こちらでお待ち下さい。」

「ご案内、有り難うございました。」

「いえ。」

微笑みながら去ろうとする侑一を見つめながら、夏流は今から豪にあう事に今更ながら緊張していた。

(今から私は坂下さんに自分の気持ちを正直に伝える。
上手くあの人に伝える事が出来るかしら…。

本当は会いたく、無い…。
こんな事であの人に会うのは正直、辛い。
でもずっとこのままでは駄目。

私も前に進まないと…。

だから。)

そう考えに没頭しているといつの間にか自分の前に座る人物に夏流は気付いた。
豪が無言のまま、夏流に視線を落としていた。

「…坂下さん」

「…昨日は君には本当に済まない事をした。」

「いいえ」

「今日、私を呼び立てた事は…」

「…この10年間のお礼と、そして私の気持ちを伝えたくて」

「…」

「坂下さん。
昨日、貴方が私を影でずっと助けて下さっていた事を知り、とても自分が恥ずかしくなりました。
私は、ずっと自分が頑張ってきたから今、自分がこうして存在していると思っていました。」

「君のその考えは正しいと私は思うが…。
どうしてそう思う。」

「傲慢な考えだ、と思いました。
人は自分一人では生きていく事は出来ない。
なのに私はずっと一人で全て掴んで来た、と思っていました。
でもそれは違っていまいした。

私はこの10年間、ずっと人の優しさに助けられていました。
叔母夫婦に、親友に、会社の方に、母を取り巻く病院の方々に、そして坂下さん、貴方に…。」

「知って涙が止まらなかった。
この幸せの為にどれだけ坂下さんが心を砕いて下さったか知って感謝の気持ちが一杯になって。
どうしたらこの気持ちを伝える事が出来るか、ただそれだけが心の中を占めていた。

貴方が私に対して愛情を持って下さっている事を知らずに…。」

「…!」

「10年前から坂下さんは私に好意を持って下さっていたんですね。
それを私は気付いていなかった。
いいえ、本当は気付いていたと思います。
だけど、私はあの時気持ちが一杯で、その事から逃げていました。」

「夏流君。」

「坂下さん。
私は忍さんを愛しています。
忍さんと再会して、彼に恋をしてそして愛した。
この10年間、皆が助けてくれたからやっと私は前に進む事が出来た。」

「…」

「だから貴方の想いには応える事が出来ません。」

夏流の告白に豪が自称気味に笑う。

「最初からそれは解っていた。
10年前、君が忍の為に生きようとしていたあの言葉を聞いた時から」

そう伝える豪に夏流は首を横に振る。
一瞬、夏流の行動に自分の目を疑った。

「いいえ、坂下さん。
確かに私は10年前、忍さんが頑張っているのにそこから逃げ出す事はしたくないとは思いました。
忍さんに愛情があった事は事実です。
恋心もあったかも知れません。
だけど、私が忍さんを異性として愛したのは再会してからです。

彼の今迄の生き方を知って、私は彼を改めて意識しました。
そして、一人の男性として恋をしました。
愛し共に人生を歩みたいと思いました。

だからもし私が貴方の想いを知ったら、私は貴方に惹かれたかもしれません。」

最後の言葉に豪は自分の耳を疑いたくなった。

夏流が自分に恋をしていたかも知れない…。
自分が躊躇ったばかりに恋を逃したという事か。

「貴方が示してくれた愛情の深さに心が動かされないとは思わないから。
これが私が坂下さんに伝えたかった思いです。

私を見守り愛して下さった貴方への私の「想い」です。」

そう静かに語る夏流の目にははっきりとした意思が感じられた。
逃げる事無く俺の想いに応えてくれている。

「…君を愛していた。
ずっと君が幸せになる事を願っていた。
忍の側で微笑む事が俺の望みだった。

いや、違う。

君がずっと欲しかった…。
俺の側で微笑んで欲しかった。

だが、俺が君を望む事が忍に対しての裏切りと思い気持ちを伝えられなかった。
今も君に想いを伝える事が君を苦しめるかも知れないと君に会う迄思っていた。

だが君は俺の想いに逃げる事無く気持ちを伝えてくれた。

有り難う…」

夏流、と微かに言う言葉に夏流は目に涙を溜めながら豪を見つめていた。

もし、この10年間に彼が私に想いを伝えたらこの優しい人を私は愛しただろう…。

だけど私は忍と生きる事を選んだ。
忍を愛した…。

「君と話せて良かった。
忍と幸せに…」

そういって自分を見つめるあの瞳を今は穏やかな気持ちで見つめる事が出来る。
あの瞳が何を語っていたか…。
今になって私は理解する事が出来る。

豪との会話を終えた後、夏流は直ぐさま忍に連絡した。
夏流の声を聞き忍の安堵した声に心が熱くなる。

「貴方を愛している忍…」

夏流の告白に一瞬、忍が息を呑みそして「俺も愛している」と言葉が返る。
嬉しそうに伝える忍が愛おしい。

会話を終えた後、夏流は今日告白する言葉に心が弾んでいた。

貴方と共に生きる…。

この言葉を早く忍に伝えたい。
自然と沸き上がる想いを秘めながら夏流は忍のいるマンションへと帰って行くのであった…。







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